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ヨーロッパ旅行記4
- 2006年6月 9日 20:44
5月4日(木)
マドリッドへ行くなら絶対!と思っていたプラド美術館へ行きました。何と言っても、世界に誇る美術館の一つです。ゴヤだのベラスケスだのの、美術の教科書で見た本物がゴロゴロ。この絵一点で、日本なら何万人も集められるだろうなあ、、と思いつつ、巨大で壮麗な美術館の中を見て回りました。娘には、ベラスケスなど写実的でわかりやすいのではと思っていましたが、あに図らんや、それほど関心を示さず、(これは困った、すぐ帰ろうと言い出すのでは。。)と焦ったところ、突如、キリストの十字架磔の絵の前でまさしく釘付けに。ちょうどいいので、ざっとストーリーを話して聞かせると、「そんなひどいことってあるの?」と目を丸くして、「キリスト様、かわいそう。。」。。やっぱり子ども。可愛いことを言うなあ、と思ったら、どうもその磔の残酷さが子どもの興味をそそってしまったらしく、「ね、もう一回、そのお話しして!」と何度もせがまれ往生しました。なにしろカトリック大国スペインだけあって宗教画だらけですから、娘はキリスト関連の絵が出るたびにその話しを反芻し、ついに美術館を出る頃には、「これは生まれた時」「あれは磔の前」「あれは後」などと言えるようになっていました。
さて、夜はパリへの移動。夜行列車がいい、という中村氏の一言で、大して調べもせずに決めてしまった私。なにしろ、国境を越える寝台列車なんてEUならではだし、何よりロマンチックです。夜の移動というのも、時間の節約になる!と、一挙両得とばかりに決めたのですが、2週間2人分の大荷物を抱えた私たちには、荷物を入れると身を縮めなくてはらないぐらいのコンパートメントで、しかも寝台にはきつい体臭がこびりついていました。そこに14時間ですからね。バックパッカーや学生にはいいけれど、私のような軟弱中年にはちょっときつかった。盗難に遭わなかったのは不幸中の幸いだったかもしれません。
景色はきれいでした。マドリッドからひたすら北上し、ピレネー山脈を越え(くぐったかも。。。夜中だったのでわかりません)、フランスへ。延々と続く美しい農村地帯には、日本みたいに青いビニールシートは一切見られません。あの青いビニールシートがいかに日本の景観を損ねていることか! ビジットジゃパンを言うなら、ああいうのを補助金でも出して、なんとかしたらいいのに。
5月5日(金)
朝、やっと着いたパリ!重い荷物を持って、もうかなりふらふらの私は、タクシーに乗りました。とても親切な運転手さんは、ホテル名を告げると「ウイ、マダム」と機嫌良く目的地まで私たち親子を乗せて行ってくれました。
初めてのパリをタクシーの窓から見て感じたのは、彫刻の多さ。なにしろ街は大きな彫像だらけです。石と彫刻の街、というのが私の率直な感想。決して古いものばかりでなく、新しく作られたものもあるようです。スペインに比べてもやたらに多い。なんと装飾好きなこと、と思いつつ、寝不足の目で初めてのパリを眺めました。
<ダヴィンチコードで今話題のルーブル美術館> <パリの建物の煙突>

ホテルに着いて、一息ついたあと、街に出てみました。ホテルのフロントに市内観光バスがあると教えてもらい、さっそくそれを利用することに。教えられた場所で切符を買い(パリはマドリッドに比べるとさすがに国際的なだけあって、思ったよりずっと英語がずいぶん通じるので一安心)、さっそく乗り込み2階建ての屋上へ。娘も高いところが単純に嬉しくてご機嫌です。そのバスは日本語も含む8カ国
ぐらいのイヤフォンガイド付き。便利で気に入って何度か乗り降りし、そろそろ帰ろうという時。夕方7時30頃のこと。いきなり運転手が上がって来て「今日はもう終わり。だから降りて」と言いました。乗っていたのは私たち親子だけが日本人で、あとはみなスペインやイギリス、北欧辺りから来た観光客が20人ほど。みんなやにわには状況がわからず「え?それって、どういうこと?乗り継ぎはないの?」などという質問が飛び交いました。それに対して、ボブサップみたいな体躯のその運転手は顔色一つ変えずに「そう。今日はもうビジネス終わり。他の車もなし。」と、にべもなし。仕方なく、バスの乗客はみな「私たち、今どこ?」状態で放り出され、地図を手に手に降りる羽目に。。。いやはや、話しには聞いていましたが、フランス人の真骨頂をかいま見た思いでした。
5月5日(土)
いざ、あこがれのルーブルへ。街中が美術館みたいなパリの街ですが、やはりルーブルは見とかないと。ということで、行きました。ダヴィンチ・コードですっかり有名になったガラスのビラミッド型の入り口からエスカレーターで地下のゲートに降りて行きます。切符を機械で買い、日本語のリーフレットを手に、いざ展示室へ!いくつかのウイングに分かれていて、娘の興味を引くためにまずは古代エジプトの美術品などのあるシュリー翼から入りました。でも、迷いました。どうしても行きたいところに行き着けず、でも英語表示はどこにもない。私にはフランス語の素養がないので、画家の名前などの固有名詞以外はほとんどわかりません。スペインから入ったおかげで、かろうじて SORTIE = 出口ということだけは推測できたので(スペイン語ではSALIDA)、なんとか外に出ることは出来ました。もともと極度の方向音痴の私は、なんども同じ入り口から入り、結局行きたいところへ行き着かず。。で、途中であきらめ、イタリア絵画方面へ。絵画の部屋に一歩足を踏み入れた途端、はからずも涙が出そうになりました。あまりにも壮麗で圧倒的な迫力にガツンと殴られたような、わけのわからない感動を経験しました。
このあと、2日ほど、パリに滞在。日曜日は美術館とカフェ以外は殆ど閉まってしまうので、日曜日はピカソ美術館に行きました。ラッキーなことに、美術館のあるマレ地区は日曜日でも開いている店が多く、残った買い物なども済ませることができました。
<ビカソ館~この親子は私達じゃありません> <美術館そばのカフェのエスカルゴ!>

<数日間パリ市内はこんな牛だらけでした> <パリのトイレの水洗スイッチはこんな形>

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