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日本語を教えるのはプロじゃないと!

  • 2008年1月23日 14:29

教務室の奥にある私の部屋(通称山本部屋)でスタッフと打ち合わせ中、どうも誰かがやってきたもよう。教師たちがあげた声の調子からすると卒業生らしい。。けど、それにしても途切れ途切れに聞こえる日本語のこなれたこと。打ち合わせの話しの合間に聞こえて来た話し声とはいえ、ひょっとしたらフリートークに来てくれていた日本人だろうか、、などと思うほど。
打ち合わせが終わり部屋を出てみたら、やはりうちの卒業生でした。4年前に大学に進学した韓国のキソン君とトルコのイブラヒム君の男子学生の二人。進路も決まり挨拶に来てくれたとか。そういう時は本当に嬉しいですね。挨拶に来てくれたことも嬉しいし、こんなにうまくなったんだ!というのもまた嬉しい。
キソン君はユニクロ、イブラヒム君はロンドンに留学、と、それぞれの道へ進むとか。いろいろと話す中、イブラヒム君が中野区のトルコ人の子どもの日本語通訳ボランティアをした経験を話してくれました。その子がもう高学年なので日本語を覚えるのが大変なこと。日本語ボランティアがつく期間も限られていること。そして極めつけは「やはりプロが教えないと日本語はダメ」という結論。
もっと大きい声で言って!!と思った私です。日本語教師ならみんな知っていることですが、言葉を教えるのは誰でもできること、というのは妄想で、やはり専門家じゃないと効果を上げることは難しいものです。ゼロからやれば誰でも少しは覚えるので、同じように思えるのでしょうが、それは単に学習者個人の努力と記憶力のゆえであって、教える人間の力ではありません。それなのに、行政というところはすこしでも予算を削ろうと、多くの地域の問題をボランティアに流して<手を打った>と済ましていますが、とんでもないことです。
言葉ができないというのは、人間としての生活の質が保てないことにつながります。言葉ができることで、より希望通りの生活が広がるのです。その当然の権利をシロウトさんの善意に負ぶさろうとする行政の考えは浅ましい限り。非効率な善意の押しつけで手を打ったと思われては、子どもたちもいい迷惑じゃないのかなあ、、という、私のねごと?、、いえ、本音。

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