行きたいところに行く能力?
- 2008年11月18日 14:22
- 日本語
昨日は、日振協のプロジェクトの仕事で企業へのヒアリング調査のために昼前から外出しました。日頃乗り馴れない方面の私鉄沿線。方向音痴の私一人だとかなり不安なのだけれど、今回はヒアリング先の企業のOBの方が同道して下さるとのことで、当然ながら大変スムーズに行き着くことができました。
明日も知らない町へ行きます。
そう言えば、私が道に迷う状態はまるで外国人。いや、気の利いた外国人より私は遥かに劣っています。
「行きたいところへ間違いなく行ける」という能力をつきつめていくと、必ずしも日本語と関係ないことがわかります。もちろん、地名がわかっている、ところから始めるとして。
誰にも聞かず、地図を見ながら行ける人もいます。これと反対に、地図があったとしても、むしろ人に聞きながらたどり着く人もいます。
私は方向に関しては自分が信じられないので、人に聞きながら探す方です。頭に磁石が入っているような人がいますが、私の磁石は壊れているようで、ほとんど役に立ちません。2回曲がるともうどちらから来たか怪しくなります。
こういうサバイバル的な項目について、日本語で何を補完すべきなのかを考えるのはなかなか面白い作業でもあります。このような作業から日頃教えている日本語表現の見直しにつなげていくことができます。世の中の動きが早いので、見直しも早いペースで行わないと、教える内容と実社会がかけ離れてしまいます。たとえば、携帯にガイドしてもらいながら行き着くという新たな選択肢も最近はありますが、そんなのは以前は想定外でした。いつの間にか「燃えるゴミ/燃えないゴミ」という表現も消え、「資源ゴミ」「その他ゴミ(燃やすゴミ」などと分別方法と一緒に大きく変わった自治体が多いようです。
日本語教師はそんなことをいつも考えながら教えなければならないのですが、それがまた面白い所以なのです。